給湯流名物その6 はみ出し御免の怪物くん 銘「おおよそ」

2024.03.29カルチャー
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これも藤子不二雄Ⓐ節!ドタバタキャラクター集団劇。

「給湯流アニメ茶碗の旅」の連載第6回目となりました。今回は茶碗も語りどころが多い回です。
『怪物くん』(モノクロ版:1968年- 1969年 カラー版:1980年-1982年)の茶碗を紹介いたします。漫画原作は、藤子不二雄(藤子不二雄Ⓐによる単独執筆)の「怪物くん」(1965年- 1969年)でございます。

毎度連呼させていただきますと、給湯流茶道とは、戦国時代に茶道に興じた大名にならって給湯室で茶会をする一派でして「現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体」です。2010年ごろ結成ですのでもう10年以上活動しております。2020年の五輪に合わせたイギリスBBCオンラインの日本の特集※.1でうっかり取り上げられたこともあります。

私たちの茶室は、そう、グループ名の通り給湯室。オフィスの狭い給湯室で茶を立てながらビジネスの諸行無常を語らい、時には社内政治について密談する。空間は変われど戦国時代と変わらぬ姿を継承したい気持ちで取り組んでいます。

給湯室以外にもレトロビルやら純喫茶、劇場など茶室に見立てられそうな場所に赴いては全国各地で茶会を開いております。給湯流の純喫茶を開設するのがひそかな夢でございます。

そこで使う茶碗が、この連載の主題。雑器そのものの子供達のご飯に使われていたアニメ茶碗を名物として重宝している次第です。

今回の茶碗はこちら!

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見たことあるでしょうか?
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反対側はこの怪人です

てなわけで、今回の茶碗は『怪物くん』茶碗を取り上げます。漫画連載から2度アニメ化され、2010年には実写ドラマ化されており、人気作と言えましょう。

「怪物ランド」の王子たる怪物君が人間界にやってきて、従者のオオカミ男、フランケンシュタイン、ドラキュラとともに小学生ヒロシと友達になって人間界にきている怪物とドタバタ劇をおこしていく、という内容です。わたくしは、1980年初放映のカラー版のアニメの再放送を観た世代です。今ほどアニメが量産されていなかった時代、長く再放送がなされていたわけです。

藤子不二雄作品の一つの定石として、みなさんご存知の『ドラえもん』に代表されるように異世界からきた主人公ともう一人の主人公の小学生の少年との不思議な日常劇というものがあり、これも概ねそのカテゴリの作品です。物語の類型としては、映画の『E.T』など他にもあって、たいてい最後には別れがあるのですが、藤子不二雄作品の場合、連載が長期化して日常劇が長くなるので「最終回」は存在するが、あまり印象に残っていない方も多いかもしれません。

まさかの親なき、姉と弟のアパート一間ぐらしがその舞台

怪物くんの設定で印象深いのは、なんと主人公のヒロシは18歳の姉とアパートの6畳間に同居していて両親は死別している、という設定です。なかなかハードな設定のように思われるのですが、そこまでハードさを感じさせないままにストーリーは展開します。

ヒロシの住むアパートは二階建ての一階で、真ん中に通った屋内廊下から左右の各部屋に入る間取りで、トイレは共同です。風呂はないので銭湯に行くシーンがあったりします。働く18歳の姉と小学生の弟の二人での風呂なしアパート住まいです。

1960年代後半の作品では、これはそこまで違和感のある設定ではなかったのか分かりせんが、さすがに50年以上前の作品という隔世の感があります。今だったら、「現代の貧困を問う」というドキュメンタリー風の作品になってしまいそうです。まあ、照明ビカビカのマンションに怪物が現れる雰囲気もありませんから、この作品の環境設定としては少し年季の入った建物に住んでいる小学生が妥当なのかもしれません。

ちゃんと塗れていない!はみ出しまくりの茶碗

さて今回は、まず茶碗にコメントせねばなりません。

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この茶碗の正面はやはりこちらでしょう

こちらはこの茶碗の正面と言えます。

めちゃくちゃにはみ出しております。おおよそ合っていればオッケー!のような塗り方です。

とくに顔と耳の塗りの部分です。肌の色が目玉にまで入っており、耳から空中にも飛び出している。これは人が手で刷毛で塗っているのでしょうか。それにしても豪快で、舌の朱色がはみ出して唇みたいになっているし、どんなスピードで作業をしていたのか気になってくるぐらいです。数秒で1個塗っていたのでしょうか。よくみたら黒く塗るべき耳の際の髪の部分が塗られておりません。側頭部、スキンヘッドですか!

この茶碗が、果たしていつ作られたのか、専門的調査をしていないため判明しておりませんが、第五回で紹介した1970年代のアニメ「ハイジ」の茶碗ではすでにプリント技術が確立している様子でしたので、この手描き製法だとモノクロ版のアニメが制作された1960年代末の可能性が高そうです。まだ戦後20年と少したった程度です、この時期は手作業も主流だったのかもしれません。

輪郭線はさすがに何か型があったのではという印象なのですが、オンライン上で確認できる類似の茶碗の画像を何点か見てみると、頭のてっぺんあたりがはみ出して切れているものもあったりします。かなり個体差がある茶碗です。

主人公不在の茶碗、そしてフンガーは擬音語ではなかった!

キャラクター単体を前面に出すこの茶碗。一人は主人公の怪物くんなのは、もっともですが、もう一人はなんとフランケンシュタインです。ええ?人間界代表のヒロシではない!「フンガー」が口癖だったこの怪人キャラクターですが、今回のエッセイで少し調べたら「フンガー」がドイツ語で「空腹(Hunger)」らしく、30年以上かけて内実を知りました。恥ずかしながら今まで意味のない擬音語だと思っていました。「腹、減った!」と連呼していたんですね。

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塗ったというより円を変形で描いたような

こちらの絵の塗りもやはりはみ出しています。型を当てて塗ったのか、フリーハンドで塗ったのか私の目では判別がつきませんが、いずれにしてもはみ出していたり塗り損ねている部分があるのは間違いありません。

口と服と顔の一部がわずか二色で色付けされています。なぜ服と顔の色が同じなのか。予算の都合なのでしょうか。

それにしても、人間側の主人公のヒロシが出てこないのは解せませんが『怪物くん』だから全キャラクターを怪物にすべき、と茶碗メーカーが判断したのかもしれません。

漢字とひらがなの融合が見事なタイトルタイポグラフィ

このはみ出しには現代からすれば突っ込みどころが満載かもしれませんが、さらなる見どころはタイトルフォントです。ご覧ください。

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これはいい

アニメのタイトルにかなり近しくありつつも、それ以上に漢字をディフォルメして怪物らしさが出ているように思われます。とくに「怪」の文字のほうに力が入っている。さらに、右端に「くん」と小さく縦書きで添えるあたり、漢字ひらがな縦書き横書き自在の日本語らしいフォントデザインではないでしょうか。漢字はグリッドに納められる文字ですが、ひらがなはそれよりも縦長、横長ともに自在な文字だと私は思っておりまして、漢字とひらがなを組み合わせたフォントデザインの特色がよく出た仕上がりです。

アニメ版は、怪物くんのトレードマークたる二色の帽子と目玉が文字に組み込まれていますが、茶碗はシンプルに朱色一色で仕上げられていて予算内で面白みのあるものをつくろう、という製造者の意思が少しばかり感じられます。なお、朱色のフォントも手塗りなのか分かりませんが、輪郭線付近の塗りの色が濃く、中心部は薄いという手仕事っぽいブレが生じており、ここも見どころです。

高台の付け根に金色の気概

そして、地味に気になるのは、高台の付け根に金色の一線が引かれているところ。

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なくても怒られないのに金色のライン

必須ではなさそうなこの金色のラインを入れるあたりに子供達が使う茶碗に愛着を持ってほしいという意思を感じる次第です。私も子供のころは、金色の色鉛筆を見つけて大事にしていました。

「怪物マンションをたてよう」と言ってしまえるDIY力は時代とリンクしている

有名作ではありますが前述の通り1960年代半ば以降に原作が発表された作品なので、今の感覚からすると面白いエピソードがたくさん見受けられます。序盤では、いきなりアパートにコワモテの押し売りがきたり(怪物くんの百面相に驚かされて退散します)、家を追い出された怪物たちが住むマンションを建てようとしたり(なぜか作業後のパーティ中に建設資材が何者かに盗まれ、もう働こう!資金を貯めてマンションを建てよう!となったり)、と印象的なエピソードが満載です。

コワモテの押し売りが来るという話自体が昭和中期感がありますし、今のように小屋を建てようというとか、そういう規模ではない。マンションを自分たちで建てようという話自体が、東京五輪(1964年)や大阪万博(1970年)に合わせた建設ラッシュでマンション建設が身近だった当時の雰囲気を伝えている気がします。
ちなみに、高知県に存在する個人DIYで建設された驚異の鉄筋コンクリートマンション「沢田マンション」が着工したのは、原作版『怪物くん』発表からほど近い1971年です。その前の時期の1958年に和風の鉄筋コンクリート建築物の嚆矢となった丹下健三設計の「香川県庁舎(現東館)」が竣工されています。香川県庁舎ではコンクリートの打設には、日雇い労働者を追加して大人数が参加したようで、農閑期の農家も参加したと言われています。今より、建物をつくることが身近だったように思われます。

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マンションを建設するために溶接までこなす怪物くんたち 引用:『怪物くん173話』より[原作:藤子不二雄演出:福冨博脚本:水出弘一制作会社:シンエイ 動画制作年:1982年」

高度経済成長期のあっけらかんとした時代の空気感、その20年後は悶々フェーズへ

キャラクターと話の展開も独特です。1話15分という制約もあるのか、登場キャラクターの気分の切り替えが早い。マンション建設を諦める時も、家を追われた怪物の一人が、いきなり陶器の五合徳利(たぬきの置物が持っているやつです)を投げ捨て、酒をやめて働く!と言い放ち大円団を迎えます(徳利はガシャーンッと割れる)。なんともあっけらかんとした切り替えです。これが高度経済成長期の勢いなのか、と思わされます。

このカラー版のアニメから約20年後、2000年ごろには、自分の内面と向き合って1話丸ごと悶々とするようなアニメ作品が登場してきます。2020年台の今だったら、働いてお金を貯めてマンションを建てよう!とはならずに、銀行から借りられるだけかりて投資しよう!となってしまうかもしれません。もっと言うと2000年代だと「なぜマンションを立てなければならないのか?」と考え込んでしまいそうです。

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酒をやめて働くと宣言する怪物に投げだされた徳利はあっさり割れる 引用:『怪物くん173話』より[原作:藤子不二雄演出:福冨博脚本:水出弘一制作会社:シンエイ 動画制作年:1982年」

では、改めて怪物くん茶碗を真上から見てみましょう。

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三つの力点が茶碗にある

怪物くんの帽子のインパクトはめちゃ強いです。藤子不二雄Ⓐ氏のキャラクターデザインの手腕が見事に発揮されています。現実世界で同じ帽子を被ったら会う人、会う人に「怪物くん?」と言われること間違いなしです。シンプルな小道具でキャラクターを特徴付けています。お見事です。

ファンタジー作品は、怪物と怪獣と変身を、洋風、和風、中華風の味付けをしてできている

細かい話ですが、怪物というのは人間の形をしているが人間とは姿形が異なるもの、というイメージです。いっぽう、怪獣というのは恐竜や動物が通常とは違うサイズや形をしているもの、というイメージ。

本作の主要人物も腕が伸びる怪物くん、オオカミ男、フランケンシュタイン、ドラキュラ、みなさんほぼ人間です。

ここで理論ぽいことを言うと、漫画アニメ界では、この怪物もの、怪獣ものに加えて、変身もの、のコンビネーションで構成されていると見る事もできるかもしれません。

なお、例えば日本の場合は、妖怪の中に人型のものがわりといるのですが、怪物とは呼ばずに、妖怪は妖怪として独自ジャンルになっているのも面白いところです。八百万観といってしまうと大雑把ですが、なんでもかんでも妖怪になる。

これらを素材に喩えるならば調味料は何でしょう?

漫画アニメ界隈は、調味料として洋風の(この中でもアメリカ、ヨーロッパ)、和風の、あるいは中華風の味付けを駆使することで様々な作品を生み出してきた感じがします、

具体的に有名作品をタイトルだけあげるなら、洋風味付け=『JOJOの奇妙な冒険』『悪魔くん』、和風味付け=『NARUTO』『鬼滅の刃』『ゲゲゲの鬼太郎』『うしおととら』他多数、中華風=『封神演義』『らんま1/2』などでしょうか(作者名略)。例は適当にあげております。和風の中でも、時代ものから現代もの、未来ものなどサブカテゴリがあります。

この方針で分類すれば、珍しく中華風味とアメリカ風味で未来風での調合に成功したのが『ドラゴンボール』と言えます。これは絶妙でした。

調味料というだけあって同じ作者でも素材構成(キャラクター構成など)は変えずに味付けを変えて作品を展開することはよく見られます。

無理やり軸をつくると、登場するキャラクターは、怪物、怪獣、変身する人(大体主人公)の組み合わせで、これらの周辺環境の味付けを洋風、和風、中華風の加減をどうするか、ということで作品の特性ができていると見ることができるかもしれません。

最近の話題作で言えば『チェンソーマン』は、敵対する悪魔≒怪物(かなり怪獣よりだが)がいて、変身可能な登場人物たちという構成に現代日本という味付けになっています。古いものだと『ウルトラマン』は怪獣と、変身する主人公という構成です。

と今ここで気が付きましたが、怪物と怪獣の違いは見た目が人間ベースかそうでないか、もありますが、コミニケーション可能かどうか、でも区別できるかもしれません。ウルトラマンでは怪獣と会話できるケースはほぼありません(例外あり)。

さて、『怪物くん』はどうかというと、藤子不二雄Ⓐ氏が本作をアメリカの怪物映画から着想したというように洋風の怪物が昭和の日本の庶民の世界に紛れ込んでいる、というのがこの作品の特徴と言えるでしょう。やはり他では得がたい創作系です。

古来の茶碗では、怪物関連作を見つけられませんでしたが、興味深い文化財を紹介いたします。

こちらです。

ワヤン・クリ トゴグ
「ワヤン・クリ トゴグ」の影絵人形…インドネシア、中部ジャワ島の放浪の神 引用元:colbase

インドネシアの影絵の登場人物の一人ですが、怪物くんに出てきてもおかしくない雰囲気をしております。仕える相手を間違えるなどの失敗をやらかす神らしいのですが、そのあたりも怪物くんに近い雰囲気を感じます。

本コラム執筆時はまだまだ寒い冬の2月末、南国への思いも馳せつつ、おおまかに塗られていても怪物くんは怪物くんという力強さに敬意を表し、茶碗の銘は「おおよそ」にいたします。

どこかの茶会でお目にかかりましたら、あっけらかんとした時代の空気を感じつつ、未知との遭遇を楽しむ気持ちを起こしていただければ幸いです。

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抹茶をグイッと!

(給湯流 伊藤飛石連休)

※1.【ジャパン2020】千利休も衝撃 会社の給湯室で茶会「給湯流茶道」(公開2019年11月6日)

画像引用元

給湯流茶道 アニメ茶碗 伊藤洋志 マルヒロオンラインショップ 伊藤飛石連休 アルプスの少女ハイジ

伊藤洋志(茶名.飛石連休)

仕事づくりレーベル「ナリワイ」代表。シェアアトリエの運営や「モンゴル武者修行」、「遊撃農家」などのナリワイに加え、野良着メーカーSAGYOのディレクターを務め、「全国床張り協会」といった、ナリワイのギルド的団体運営等の活動も行う。

執筆活動も行っており、新著に『イドコロをつくる乱世で正気を失わないための暮らし方』(東京書籍)がある。ほか『ナリワイをつくる』『小商いのはじめかた』『フルサトをつくる』(すべて東京書籍)を出版。

給湯流公式サイト:http://www.910ryu.com/
Twitter(家元):https://twitter.com/910ryu
Instagram(家元):https://www.instagram.com/tanida_kyuto_ryu_tea_ceremony/
伊藤洋志個人:https://twitter.com/marugame

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