給湯流名物その4 茶碗は近現代史を語る-「まぼろし探偵」銘「無免」

2023.03.24カルチャー

※掲載されている茶碗は伊藤さんのコレクションです。販売はしておりません。

まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志

「給湯流アニメ茶碗の旅」の連載第4回目は、時代をさらに遡り1957年開始の漫画、のちラジオドラマ、特撮テレビドラマにもなった「まぼろし探偵」の茶碗を紹介いたします。

手短かに申しますと給湯流茶道とは、戦国時代に茶道に興じた大名にならって給湯室で茶会をする一派、すなわち「現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体」でございます。

給湯室以外にも劇場など茶室に見立てられそうな場所に赴いては全国各地で茶会を繰り広げています。最新イベントは公式サイト、各種SNSでご確認ください。「ここで茶会を開いてほしい」という要望は随時募集中でございます!

さて、今回の茶碗は、懐かしさを通り過ぎて歴史を学ぶ回です!

前回の「巨人の星」ぐらいなら現代っ子も名前ぐらいはご存知でしょう。「まぼろし探偵」ともなると聞いたことがない方も多いかもしれません。終戦から10年ほどの1957年に漫画連載がスタートしその2年後に特撮テレビドラマになった作品です。

私も茶碗を見るまで知りませんでした。作者桑田次郎氏(のちの桑田二郎氏 1935-2020年)の別の作品の「月光仮面」「エイトマン」ならば名前は聞いたことあるかもしれません。この二つはアニメ化されていますが、「まぼろし探偵」は人間が演じるドラマになっています。

まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志

全体にうっすらピンク色を引いて、朱色のタイトル、見事な楷書体です。タイトルを強調することもなく、お品書きのようなたたずまい。無駄にテキストにするとこんなかんじです。

まぼろし
  探偵

じつに正座してちょこんと座っている幼児の姿が目に浮かびます(私は)。

アニメ茶碗は古今東西、白地が主流なのですがこの茶碗は地が色付きという点でも珍しい。
いつ頃に製造されたのか定かではありませんが、最速で漫画連載開始時もしくはテレビドラマスタート時につくられたとしたら1950年代終わりの品物となります。ということは70年前の茶碗かもしれず、なかなかシビれます。よくぞここまで割れずに生き残ってこられた…。

もう30年頑張れば100年前の茶碗になるわけで、ますます近づく未来の国宝への道といえます。

改めて表も見てみましょう。

まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志

タイヤでか!

その前に、そもそも少年なのにバイクに乗っておられる、未成年運転…。内側にはみなさんご存知のアニメ茶碗の見どころの点(cf.「ハクションポロック」)がありますね。

キャラクターを詳しく観察していきましょう。砲丸ライトに赤いバイク、黄色のマフラーに赤い帽子、黒の上下スーツにベルトです。わりと少年ヒーローものの定番アイテムが出揃っている感があります。色を記載しましたが、特撮ドラマはモノクロです。

実に厳しい戦時下状況から終戦、そこからわずか10年でこの様式が確立したと思うと感慨深いものがあります。厳密な原点は分かりませんが、少なくともマフラーといえば思い浮かぶ『仮面ライダー』(1971年)よりも早いです。

作品を見ておらず簡易に調べた範囲で恐縮ですが、漫画原作では茶碗の通りバイクに乗り拳銃で事件を解決していく少年新聞の記者の進少年が主人公で、正体を隠して戦う時はまぼろし探偵として活躍する設定です。変身ものはやはり子供のごっこ遊びに人気だったようで、レトログッズコレクターの方が思い出を書いているサイトがあったりします。

ところがドラマの方ではバイクの設定は早々に変更されて車になっていました。バイクは、あのウルトラマンのデザインを手がけた造形デザイナーの成田亨による水陸両用車「まぼろし号」に置き換わり、武器も拳銃は電波ピストルに変更されています。このあたりは教育的配慮があったのかもしれません。拳銃だと殺傷能力が高すぎますからね。

茶碗に子どもが描かれるのは、なかなか今に残る古来の茶碗には少なくて見つけることができなかったのですが、絵画では大人におんぶされる童、や家畜の世話をする牧童(ぼくどう)、子供たちで集団で遊ぶ群童(ぐんどう)やちょこんと立っている子供を単体で描くことが多いです。

こちらなんかは、みなさんも教科書で見たことがあるかもしれません。

横山大観 まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志
横山大観《無我》明治30年(1897) (出典:ColBase)

いずれも、勝手に事件を解決して悪い奴をやっつけてしまうような独立して活躍する少年像はなく、基本は大人に世話される小さい人、俗世から離れた牧歌的なイメージで描かれていることが多いのです。

その点では、まぼろし探偵のような少年が本来は大人がやるような問題解決をやってしまうのは戦後に新しく出てきたイメージ像なのかもしれません。しかし、一つ近いものを見つけました。

文殊菩薩像 まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志
《文殊菩薩像》南北朝時代・建武元年(1334) (出典:ColBase)

つよそう。

めっちゃ荒ぶっている獅子に乗っていて武器まで持っています。しかも獅子の足にもなんか豪奢な足置き。浮遊できそうなギミックが仕掛けられてそうな勢いです。獅子が荒ぶっているのと対照的に、上に乗るのは身動きせずとも悪人を退治できそうな無敵感あふれる童子です。

まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志
(乗り物に乗る子ども、という構図は近い)
文殊菩薩像 まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志
《文殊菩薩像》南北朝時代・建武元年(1334) (出典:ColBase)

これは「三人寄れば文殊の知恵」の文殊さまという、仏様です。この作品は真言宗の僧侶が作成したものですが、真言宗では文殊を「智慧の清純で執着のないことを示す童子形に表」(ColBase解説文より)すものだそうです。

武器と書いてしまいましたが、剣は智慧を象徴するもので、左手はよく見ると蓮華を持っていてその上に梵夾(ぼんきょう=お経)を載せています。さりげなく曲芸師の童。探偵といえば知恵比べですから、かなり近い要素を備えています。

これをもって「現在の少年探偵ものの起源は日本古来から続く文化で古いのである!」と主張するとだいぶ勇み足ですが、面白い共通点とは言えるでしょう。そう、まぼろし探偵を文殊様に見立ててみるのも、この茶碗のおすすめの楽しみ方です。

ちびっ子たちが文殊様ごっこに興じていた1950年代の終わりを想像するのも面白いことで、その文殊様たちは今は80歳代です。教科書の黒塗りを体験した稀有な世代と重なります。かなりインパクトの大きい出来事を体験されております。

茶碗を愛でながらそんな背景に思いを馳せるのもレトロアニメ茶碗の楽しみ方といえるかもしれません。ちなみに、ドラマ版「まぼろし探偵」には子役時代の吉永小百合さんが出演されています。これもまた歴史の一コマでしょうか。世代を超えた話題を提供するのも茶碗の真髄でございます。

まぼろし探偵 給湯流茶道 伊藤洋志

ちなみに、「まぼろし号」もいます。

と、近現代史に思いを馳せる少年がバイクや車に乗り事件を解決する「まぼろし探偵」茶碗、銘は「無免」となりました。

こちら、給湯流の茶会で見つけられましたら少年ヒーローものの系譜について思いを馳せていただければ幸いです。

(床に座らずとも茶会は可能!お湯と抹茶と茶筅とアニメ茶碗があれば)

メモ

画像引用元

給湯流茶道 アニメ茶碗 伊藤洋志 マルヒロオンラインショップ 伊藤飛石連休 アルプスの少女ハイジ

伊藤洋志(茶名.飛石連休)

仕事づくりレーベル「ナリワイ」代表。シェアアトリエの運営や「モンゴル武者修行」、「遊撃農家」などのナリワイに加え、野良着メーカーSAGYOのディレクターを務め、「全国床張り協会」といった、ナリワイのギルド的団体運営等の活動も行う。

執筆活動も行っており、新著に『イドコロをつくる乱世で正気を失わないための暮らし方』(東京書籍)がある。ほか『ナリワイをつくる』『小商いのはじめかた』『フルサトをつくる』(すべて東京書籍)を出版。

給湯流公式サイト:http://www.910ryu.com/
Twitter(家元):https://twitter.com/910ryu
Instagram(家元):https://www.instagram.com/tanida_kyuto_ryu_tea_ceremony/
伊藤洋志個人:https://twitter.com/marugame

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