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第7回 「トキメキと憂鬱の狭間に」

2022.03.25 (金)

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甘酸っぱい毎日を夢見てる、シェアハウスで暮らしてる、フリーランスフォトグラファーの初老男子、なにかと苦じょっぱくなりがちです。なまえはかおたんです。
もうすぐ春ですね、ちょっと気取ってみませんか。冬の寒さから解放されて暖かい季節の訪れを感じていると、すなわち憎いあん畜生がやってきます。花粉症です。今年は特に花粉症が酷くて、しばらく気取るのはちょっと難しそうです。
春は冬の間頑なに大人しくしていた緑が瑞々しく芽吹き、いろいろな花がニコニコに咲き誇るとってもワクワクする季節ですが、花粉症の僕にはムズムズと憂鬱な季節でもあります。終わりと始まり、別れと出会い、ワクワクとムズムズ、相反するものに心をかき乱されるトキメキと憂鬱の狭間の季節。春の甘酸っぱい季節ランキングは当然ダントツの一位です。そんな季節の狭間にも波佐見焼のある暮らしの中に甘酸っぱい毎日を探してみたいと思います。もしかしたら、あなたの毎日も甘酸っぱくなるかもしれません。

ご近所さんがおでんをたくさん作ったのでお裾分けしてくれると連絡をくれました。何かと渇き切った東京砂漠でこういう温もりを感じる交流を、おでんの冷めない距離に住む友人とできるのはとても嬉しいことだと思います。たとえ花粉症で僕の顔面が崩壊していても、友人がパジャマみたいな格好で登場してもお互い何もつっこまずただ世間話をしておでんを引き取りそれぞれの生活に戻る、こんななんでもない日常にささくれだった心が癒されます。

おでんをよそったやきものは、マルヒロさんのサビ十草 丼 です。指で弾いてコンと鳴るこのやきものは陶器です。久しぶりの陶器のやきものの登場です。いつもよりぼってりとした厚地の生地は熱を通しづらく、おでんも冷めにくくなります。程良くゴツゴツと風合いのある生地には砂や鉄粉が混ぜられていています。風合いのある素地に白色の化粧土を塗って、透明の釉薬をかけて焼くことで表面を滑らかにしています。白地に浮かぶ黒い点は焼成した時に生地に混ぜた鉄が反応したものです。そばかすみたいで可愛いですね。愛すべき雑味です。雑味といえば、このやきものの表面は白ですがほんのりピンクがかったムラのような部分があります。まるで白地に桜の花が咲いたようなムラです。

こちらのやきものはサビ十草 中皿 です。こちらにもバッチリ桜の花が咲いてます。このムラは御本手(ゴホンデ)といい、焼き方や生地、化粧土の条件よって出現する釉薬の変化、釉景色のひとつです。きっちりかっちり決まったムラのない綺麗な色のやきものも好きだけど、こんなある意味やきものらしい、ムラのある、曖昧で想像力を掻き立てる景色ってとても素敵だと思います。しかもこの御本手、焼いてみないとどう出てくるかわからないんです。つまり一枚として同じ景色のものはないということです。なんとも特別な感じがしてきました。開店前のお店に行列して並ばないと買えないような限定品は僕は好きではないのだけど、うちにたまたま来たこのやきものの、この一枚にしかない御本手の景色、こういう限定品はとっても好ましく感じます。雑味万歳です。

おでんで好きな具は大根です。どの具も引けを取らない美味しさですが、普段はおとなしめな大根がここぞとばかりにその存在を主張してくるおでんにおいての大根は推さざるを得ません。お出汁が沁みっ沁みです。染みるといえばこちらのやきものは陶器のやきものなので、使う前には目止めをオススメします。目止めせず使うと油物なんかは落ちないシミができてしまったりします。ちょっとしたひと手間が、お気に入りのやきものをより長く使うためのコツにつながります。

おでんは大根だなどといった口の乾かぬ間に、たまご、こんにゃく、ちくわの三種の神器の登場です。三種三様の色、形、質感にうっとりします。よだれが出てしまいます。ふとこの景色を観察していたら、やきものの黒いそばかすと、こんにゃくの黒いつぶつぶがユニゾンしていることに気がつきました。こんにゃくの黒いつぶは、昔生芋から作られていた黒くて皮などの粒の入ってるこんにゃくに似せるために、今の精製されたこんにゃく粉から作られる白いこんにゃくを馴染みのある色に近づけるよう海藻類で色をつけたためで、粒の正体は海藻の破片ということになります。雑味を楽しめるやきものに乗せたおでんの世界にも、雑味をあえて持たせたこんにゃくが入っていたなんて、なんて素敵な巡り合わせでしょうか。It’s a small 雑味 worldです。

おでんの後にはルイボスティとナッツでティータイムです。左から順にサビ十草 小皿 、サビ十草 反り湯呑 、サビ十草 土瓶 です。サビ十草のサビはサビ絵の具のサビです。一つ一つ手描きで絵付けされた木賊柄は鉄分を多く含むサビ絵の具を使うことで独特の表情を持たせています。文字通り、ちょっと錆びたような光沢感と渋い焦茶色を持ち合わせます。やわらかな白い粉引きの上に職人の息吹を感じる生き生きとした茶色のストライプラインのコントラストがたまりません。この組み合わせ、めっちゃ好みです。好きです付き合ってください。

近くで見るとサビ絵の具のメタリックな錆具合がよくわかります。メタ味が強くてすきぴです。土瓶の蓋部分にも御本手が出ています。御本手を見つけるとなんだか嬉しくてニンマリしてしまいます。蓋に舞い落ちてきた桜の花びらの様な景色です。
御本手は焼き方や生地、化粧土の条件よって出現する釉薬の変化、釉景色のひとつとお伝えしましたが、ちょっと細かくお伝えすると還元焼成した時に現れる窯変のひとつになります。還元焼成とは焼成する時に窯の中の酸素を少なくすることにより燃焼に不足した酸素を空気以外の物、ここではやきものの生地や釉薬から補うことで燃焼し焼成させることをいいます。なんのこっちゃですね。還元焼成の対になる焼成方法が酸化焼成です。こちらは窯内に十分に酸素がある状態で焼成することを言います。酸化か還元、この二つで何が変わるかというと、実はものすごい変化が起きちゃいます。酸化焼成と還元焼成では例えば同じやきものを焼いても全く違う色に焼き上がります。酸化鉄2%を含む鉄釉を酸化焼成すると黄色もしくは淡い茶色に発色します。同じ鉄釉を還元焼成すると、なんと淡青色に発色します。なぜこんな事が起きるかというと、窯内で酸素を取った取られたの色恋沙汰が起きるからなのです。燃えますね。酸化焼成の場合、鉄釉は酸素原子を3つ持つ酸化鉄(3)が溶けて黄色もしくは淡い茶色になります。還元焼成の場合、鉄釉は酸素を一つ奪われ酸素原子が2つの酸化鉄(2)になり、酸化鉄(2)は溶けると淡青色になります。酸素原子が3つなのか、2つなのかで顔色が全く変わってしまうということです。僕は駆け引きが得意な方ではないですが、この勝負負けられません。

でも安心してください。昔はこの酸化焼成と還元焼成、コントロールしきれていないこともあった様ですが、現代では窯内の状態をコントロールして意図した焼成方法を取ることもできるようになっています。

酸化と還元の狭間に変なトキメキを期待してしまいましたが、酸化なのか還元なのか窯内の酸素が揺れ動く恋模様は窯元さんの思いのままだったのです。ナッツ美味しいです。

雑味だ狭間だと言っているうちにルイボスティーも飲み終わってしまいました。ところでこの湯呑、くびれがめっかわです。こういうゴブレット型のやきものは厨二心を鷲掴みにします。木賊柄との相性もバッチリ。お酒を楽しむのにも良さそうです。
最近は友人とゆっくりお酒を飲む時間もめっきり減ってしまい、自分の事とお仕事とで人生埋まっちゃってます。たまには近所の友人を誘ってこの柔らかで色々な表情を見せてくれるサビ十草のやきもので、人生の雑味を狭間しちゃうのもいいかもしれません。
おでんのお礼にお誘いのメッセージをしたためるかおたんなのでした。

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